最近、ブログも以前より見て頂けるようになったので、改めて自己紹介がてら僕の株歴史を書きたいと思います。
株を始めたのは2012年後半でした。
僕は28歳まで芸人をやっていました。
生活をするのもギリギリでお金なく、70万前後のスタートだったと思います。
株を始めた理由は経済的自由を得るためです。
芸人を諦めた今、リーマンが一発逆転で大金を手にする最もシンプルな方法は株しかないと思いました。
何を買ったらいいか全く分からないので、とりあえず評判が良さそうな本を買いました。
ファンダメンタルズの名著とよばれるこの本は
今振り返っても気付かされる点があり、この本が今の自分のスタイルの一部をなしています。
ただ当時は、難しいワードなどもありピンとこず、なんとか読了しました。
その中で、印象に残った記述がありました。
それは、業績回復株という紹介で、
スリーマイル島原子力発電所で事故が発生し、同発電所を運営していたGPU社の株が暴落。
3ドルまで落ちた株価が、8年をかけて38ドルに戻ったという話でした。
これ、まんま東京電力じゃないか。。。
ご存じのように東京電力は2011年、原発事故を起こして東電の株価は2000円から130円まで下がってました。
調べてみると電力は必ず必要のため、
国から多額の資金援助が入っており東京電力を国が潰せないことが分かりました。
国から多額の資金援助が入っており東京電力を国が潰せないことが分かりました。
スリーマイル島と同様に、東電株は回復する!
思いついた考えに興奮しました。
僕が当時働いていた会社は僕含めて3人しか社員がいないベンチャーでした。
1人は韓国人で32歳女性のカンさん。
もう一人は、大学の先輩で入社を誘ってくれた井中先輩でした。
早速井中先輩に、東電株の良さを力説しました。
「もうそんなことよりパチンコやろうぜ」
井中先輩はパチンコ狂いだったのです。
お話にならない。
その日僕は全資産、東電株を買いました
といっても70万です。
その日から僕は東電株に憑かれたようでした。毎日そのことしか考えられず、毎月給与が出ては、コツコツ東電株を買いました。
2012年12月17日東電株が突如S高となりました。
その前日、衆議院総選挙で自民党が過半数を大きく上回り政権交代が決定しました。
市場は、自民党が東電に対して更なる公的支援を行うという思惑からでした。
この時の自分を表現しているコマはこれ以上ないです。
自民党への感謝。心の底から感謝しました。
自分が思いついたアイデアが近づいている。自民党のおかげで復活するのだと!
すぐに井中先輩に東電がS高になったこと。東電は自民党の下、大きく復活することを伝え、
東電株を強く勧めました。
「そんなことより神田のキャバクラ行こうよ。」
井中先輩はキャバクラ狂いでもありました。
お話にならない。
カンさんにも話して東電株を勧めようと思いましたが、日本に来てまだ短く、日本語での意思疎通が難しい部分があり、
カンさんにも話して東電株を勧めようと思いましたが、日本に来てまだ短く、日本語での意思疎通が難しい部分があり、
またそもそも株に興味が無さそうなので話すことはやめました。
2012年12月26日、
第二次安倍内閣が発足しました。
2013年、停滞していた日本の株式市場が大きく動き始めた年。
僕は、幸運にもアベノミクスが動き出す、ほんの少し前に株を始めていたのです。
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思いがけず長くなりそうなので、次回続きを書きたいと思います。。。
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思いがけず長くなりそうなので、次回続きを書きたいと思います。。。